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東京地方裁判所 昭和28年(行)50号 判決

原告(選定当事者) 平沼チイ

被告 豊島区教育育委員会・東京都豊島区長

主文

本件訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告等が原告及び別紙選定者に対し同人等が保護者となつているその児童を東京都豊島区椎名町小学校から同区大成小学校に転学させるべき旨の同人等に対する昭和二十八年四月四日附通知を取消す。」との判決を求める旨申立て、その請求の原因として、

被告東京都豊島区長は練馬区との境界に近い豊島区長崎町六丁目に大成小学校を建設し、被告等は原告及び別紙選定者目録記載の選定者等(以下単に選定者等と略称する)に対し昭和二十八年四月四日附をもつて同人等が保護者となつているその児童を従来の就学校たる椎名町小学校から大成小学校に転学すべき旨通知し、該通知はその頃選定者等に到達した。然しながら右通知は内容的にもまた手続上も違法である。すなわち

(一)  学校教育法施行規則第一条第二項によれば学校は適当な環境の場所に設置しなければならないものであるところ、選定者等の居住する椎名町八丁目から大成小学校に通学するには西武鉄道の踏切三カ所のうちいずれか一カ所を横断しなければならず、そのうち遮断機のない踏切は二ケ所で、遮断機の設備のある踏切は一カ所であるが、遮断機のない踏切を通過するのは児童にとつて危険であり、また遮断機のある踏切を通過するとすれば、途中に柵も護岸工事もしていない千川提を通らねばならないので危険きわまりない。かような危険な箇所を通行しなければ通学できない場所に学校を設置することは、適当な環境の場所に学校を設置しなければならないという右規則に違反するものである。然も椎名町小学校には現在椎名町八丁目の児童を収容できる充分な余裕があり、選定者等にその児童の転学を命ずべき理由はない。

(二)  学校教育法施行規則第三十二条第一、第二項によれば、被告豊島区教育委員会は昭和二十八年四月あらたに入学する児童をもつ保護者に対しては同年一月末日迄に入学期日と入学校名を通知すべきであり、転学の場合でも新しく学校を設置してこれに就学せしめるときはやはり一月半ば迄に通知すべきであるのに、被告等のなした通知は右期限を過ぎたものであるから、右通知は前示規則に違反した違法がある。

(三)  また選定者等は昭和二十八年二月四日被告豊島区教育委員会に対して椎名町八丁目から大成小学校に児童を通わせることは通学上危険であることを述べて椎名町小学校に就学せしめるよう申立てた。これは学校教育法施行規則第三十二条第二項但書の正当事由に該るもので当然その申立を許容しなければならないものであるのに、何等これを顧慮することなくして本件通知をしたのは違法である。

以上のように本件転学通知は違法であるから取消さるべきである。そして本件処分により選定者等は従来設備の備わつた適当な環境に設置された椎名町小学校に児童を就学せしめる権利を侵害されることになつたのであるから、本件処分の取消を求める法律上の利益を有するものであると述べた。(立証省略)

被告等訴訟代理人は本案前の主張として、原告は選定者等によつて適法に選定されたものではないから選定当事者たる資格を有しない。別紙選定者目録記載の選定者のうち○印を附したものは既に原告の選定を取消しており、又同目録記載の須藤清武、斎藤文三郎、大竹松太郎、小俣太一、渡辺恒雄(小俣、渡辺の二名は選定取消者でもある)の児童は卒業して本件処分の対象になる児童を持たず、台悦育、馬場定子、望月豊三の児童は保護者と共に他に転居し、大平ツメは死亡し、横田輝男はもともと本件処分の対象になる児童を持つていず、本件通知を受取つたものではない。従つて之等のものは訴の利益を有していないと述べ、次に本案につき原告の請求を棄却するとの判決を求め、答弁として原告主張の事実中被告東京都豊島区長が練馬区との境界に近い長崎町六丁目に大成小学校を建設したこと及び横田輝男を除く選定者等が原告主張の転就学通知を受けたことは認めるが(一)乃至(三)の事実は争う。原告が主張する転学通知は被告東京都豊島区長が昭和二十七年十月三十日決定し同日(転学期日を昭和二七年十一月五日と定めて)(被告豊島区教育委員会の成立前である)なしたものである。然しながら選定者等の中にはこの通知の受領を理由なく拒絶したものがあつたので以後数回該通知を繰返したことがあつたが、取消の対象たるべき通知処分は右昭和二十七年十月三十日の通知だけであつて、以後の通知は選定者等の反省を促すためになした事実上の処置にすぎず、従つて原告主張の昭和二十八年四月四日附の通知は取消訴訟の対象になる行政処分ではない。

仮に本件通知が取消訴訟の対象となる行政処分であるとしても被告東京都豊島区長は従来豊島区内の小学校の教育行政を主管してきたが、教育委員会法の制定に伴い同法第七十条によつて昭和二十七年十月五日豊島区教育委員の選挙が施行され、同年十一月一日を以て被告豊島区教育委員会が設置されたので、同年十一月二十日被告東京都豊島区長の権限に属していた一切の右教育行政事務は被告豊島区教育委員会に引継がれ、同日以後は被告東京都豊島区長は右の教育行政一般について何等の職務権限を有しなくなつたものであり、本件通知は被告豊島区教育委員会の委任に基き、その代理としてなしたものであるから、被告東京都豊島区長はその処分庁ではない。

そして被告豊島区教育委員会の委任により被告東京都豊島区長がした本件通知には何等の違法がない。以下原告の主張するところを順次反駁する。

(一)  学校教育法施行規則第一条は学校設置に関し学校管理者に対する訓示規定で国民はこの規定によつて何等の権利を取得するものではない。大成小学校は椎名町小学校における二部教授を解消するために昭和二十七年三月二十九日豊島区議会における決議に基いて設置されたものであり、その場所は容易に得難い教育上適切な環境を占め、椎名町八丁目から大成小学校に通うには五つの踏切があり、そのうちどれかを通過すればよいのであつて、第三号踏切(千川上水道沿い道路に設置されたもの)には踏切番人がおり遮断機の設備がある。なお第四号踏切(大成小学校に近接した踏切)にはとくに学校職員を派遣し児童の登校帰校にはこゝを通るよう指導し交通上の危険防止に努めている。千川水道に沿う道路は平均幅員八米余の完全舖装道路であり、長崎六丁目二番地附近から椎名町八丁目にかけて四、五米となり自動車バスの通路として狭いことは否定できないが、千川水道のため通学上著るしく危険であるとはいえない。

(二)  学校教育法施行規則第三十二条による入学期日の通知及び学校の指定は行政当局に対する訓示規定にすぎない。

(三)  選定者等が昭和二十七年二月四日学校教育法施行規則第三十二条第二項但書に基いて椎名町小学校をその保護児童の就学校にしたい旨被告豊島区教育委員会に申立てたことは否認する。仮にかかる申立てをしたとしても豊島区内の小学校のいずれにいずれの地域の児童を就学せしめるかを決定するのは被告豊島区教育委員会の自由裁量事項であり、然も同被告の本件処分はその裁量権の適法な範囲を逸脱しているものではない。従つて選定者等に児童を就学させる学校の選択権はない。

仮に選択権があるとしても、本件のように数十名が集団的に行動するような場合は、一、二の有力な指導者の指図に附和雷同する行動と見るべきであつて正当な権利の行使とはいえない。

従つて本件通知には違法の点はない。仮に違法の点があつたとしても、原告はこれによつて何の権利侵害をうけていないと述べた。

(立証省略)

理由

一、まず原告が選定当事者たる資格を有するかどうかについて考えるに、原告の主張する請求原因たる事実によれば原告及び選定者等は本件通知の取消を求めるについて共同訴訟人となり得べき関係を有し、且つ主要な攻撃防禦の方法を共通にする者であつて、いわゆる共同の利益を有する多数者に該当するといえるし、そして原告は本件記録編綴の同意書(弁論の全趣旨からその真正に成立したことを認め得る)によつて選定者等からその総員のために本件通知の取消を求める訴を提起するについて選定せられたものであることが明かであるから原告は選定当事者なる資格を有するものといわなければならない。

二、原告は被告等が昭和二十八年四月四日付で原告及び選定者等に対してした同人等が保護者となつている児童の就学校を従来の椎名町小学校から新設の大成小学校に転学すべき旨の通知が違法であるとしてその取消を求めているのである。ところが被告等は、転学通知は被告東京都豊島区長が昭和二十七年十月三十日椎名町小学校就学児童のうちから新設の大成小学校へ転学すべきものを決定し、その決定にもとずいて同日したのであつて、この通知の受領を理由なく拒絶した者があつたので、更に昭和二十八年四月四日付で原告主張の転学通知をするに至つたものであるが、この通知は右拒絶者の反省を促すための事実上の処置に過ぎず、取消訴訟の対象となる行政処分ではないと主張するので、この点について按ずるに、本件転学通知は被告東京都豊島区長の名義を以て原告及び選定者等に対して(但し選定者等のうち横田輝男に対してもこの通知があつたかどうかはしばらくおく)昭和二十八年四月四日付でしたその児童を椎名町小学校から大成小学校に転学すべき旨の通知であることは当事者間に争がなく、成立に争のない甲第三号証の一(但し小村慶治の記載にかかる部分を除く)によれば、この通知は、東京都豊島区長が転学に関する意思決定を外部に対して表示し、その執行のための行政処分であること明かであつて、これと同一内容の通知が前に為されていたとしても、後の処分が当然無効のものとなる理はなく、且つ後の処分が単に注意を促すための事実上の処置に過ぎず、取消訴訟の対象となる行政処分ではないということにはならない。

そこで右転学通知が、原告主張のように被告等両名のしたものか、被告東京都豊島区長がその権限にもとずいてしたものか、或いは被告等主張のように被告東京都豊島区長が被告豊島区教育委員会の委任によりその代理としてしたものか、また別紙目録に○印を付した者が既に原告の選定を撤回したかどうか、選定者等のうち須藤清武外四名はその児童が既に卒業して転学通知の対象となる児童を持たず、台悦育外二人は児童と共に転居し、大平ツメに死亡し、横田輝男はもともと転学通知の対象となる児童を持たず従つて本件転学通知を受取つたものではないかどうかはしばらくおき、原告の請求原因として主張する事実関係の下において、原告及び選定者が右の通知の取消を求めるについて原告たる適格(訴の利益)を有するかどうかについて考える。

原告の主張するところによれば、原告及び選定者等は右の転学通知を受け、この通知により転学すべき児童を有する保護者であつてまたその児童はいずれも従来椎名町小学校に通学しているものである。もとよりこれらの児童にとつては従来通学して馴染みの深くなつている椎名町小学校の先生、同級生をはじめ、学校の人的物的施設に別れるということになれば、愛惜の念いやまさり、未知の大成小学校に転学することはその感情において忍び難いものがあり、また保護者にとつてもPTAとして常に不足勝な学校予算のため学校の諸施設の充実その他について援助をして一応設備の整つた旧設校から、設備の不十分である新設校に児童が転学すれば、PTA会費その他経済的援助においても或は格段の差が生ずるであろうことは想像に難くなく、これらの点において不利益を蒙ることは考えられるところである。しかしながら、この不利益は事実上の不利益であつて、未だ権利又は法律上の利益の侵害によるものとはいうことができない。

日本国憲法は、すべて国民は法の下に平等であるとし(日本国憲法第十四条第一項)、また教育の面においても、すべて国民はひとしく教育を受ける権利を有するとしている(日本国憲法第二十六条第一項、なお教育基本法第三条参照)。この権利はいわゆる基本的人権として憲法が国民に保障しているのであるが、同時に日本国憲法は、すべて国民は法律の定めるところによりその保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負うと定めている(日本国憲法第二十六条第二項)のである。そして教育基本法及び学教教育法によれば、その義務は小学校における六年の初等普通教育と中学校における三年の中等普通教育を受けさせる義務であつて(教育基本法第四条、学校教育法第二条第十七条第十九条第二十二条第三十三条第三十七条第三十九条)、国及び地方公共団体は学校を設置して右の義務教育を施すこととしているのである(教育基本法第六条、学校教育法第四条)。もし国又は地方公共団体が右の義務者の保護する子女をその設置する学校に収容して右の義務教育を施すことを拒むとか、或はたとえ収容するにしても、或る特定の者に対し他と平等の取扱をせず殊更にその者の子女を遠隔の学校に入学又は転学させるような場合には、憲法の保障した基本的人権を侵害したものとしてその違法を責め、かような処分の是正を求めることができようが、本件においてはかような偏頗な取扱を受けたとの事実は原告の主張しないところであるばかりでなく、その主張する事実に徴しても、かような事実は認められないのであつて却つて東京都豊島区においては就学児童の増加に伴い小学校を増設して二部教授を解消させるため大成小学校を新設したのであり、この新設が完了したので旧来の通学区域を改め、新設校の通学区域を定め、この区域に属する就学児童を有する保護者に対し平等に本件の転学通知をしたものであることは弁論の全趣旨に照し極めて明かであるから、かような事実関係の下においては原告及び選定者等は本件転学通知によつて何等権利又は法律上の利益を侵害されたものとはいうことができないのである。すなわち原告及び選定者等が受けると思われる不利益は前段説明のようなもので、これは単なる事実上の不利益という外はないのである。

三、果してしからば、原告及び選定者等は昭和二十八年四月四日付の転学通知の取消を求める本件訴について原告たる適格を有しないものといわなければならない。よつて原告の本件訴は爾余の点について判断するまでもなく、不適法としてこれを却下すべきものとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して主文のように判決する。

(裁判官 飯山悦治 桑原正憲 鈴木重信)

(目録省略)

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